はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 190 [ヒナ田舎へ行く]

やはり、本だけでは追い出せなかったか。

スペンサーは、にんまり笑顔でこちらを見上げるヒナに、ひきつった笑みを返した。ヒナは面白い話を聞き出そうと手ぐすねを引いている。すっかり聞く準備はできているらしいが、こっちには話すことなどなかった。

「さっそく読んでもいいんだぞ」スペンサーはヒナの手の中の本に視線をやった。無駄だと知りつつ、念のため。

「昨日は楽しかった?」

やはり無駄だったか。ヒナは俺とダンとブルーノがどうなったのか知りたがっている。

「楽しかった、と言えるだろうな。ダンの酔った姿と寝顔が見れたからな」ブルーノがいなければもっと楽しかったのは間違いないが。「今朝、頭が痛いとか言っていなかったか?まさか、それで朝食をすっぽかしたのか?」

「ダンは元気だったよ。ヒナを起こしてくれた」

それを聞いてスペンサーは安堵した。実のところ、避けられていたりしたらどうしようと、柄にもなく怯えていたのだ。相手が眠っているとはいえ、すぐ隣であれだけやり合ったのだ。結局、ヒートアップし過ぎて、ダンを起こしてしまったが。

ブルーノも同様に、朝食の席に姿を見せない二人を迎えに行くことすら出来なかった。何とも情けないことだ。お互いに。

「それはよかった。ヒナはどうしてぐずぐずしていたんだ?」スペンサーは話題を転じ、矛先をヒナに向けた。椅子から立ち上がって、ヒナの背を押し、机の前にまわりこんでソファに座らせる。自分は向かいの沈み込みのいいソファにどっかりと腰をおろした。朝から疲れそうな予感だ。

「今日は雨だから。ウォーターさん来ないでしょ?」ヒナは指先をイジイジと付き合せた。なかなか子供っぽいいじけ方だ。

「まぁ、雨じゃなくても今日は来なかったかもしれないが、ウォーターズは雨だと来ないのか?傘くらい持っているだろうに」

ヒナは目をぐるりとまわし、考え込んでしまった。もしかするとウォーターズと何らかの約束をしているのかもしれない。雨さえ降らなければ、隙を見てどこかで落ち合うとか。いやいや、それならウォーターズがうちに来ればいい。男同士なのだから、二人きりで何をしようと、気の済むまで一緒にいられる。

ふと、スペンサーは心配になった。

ヒナは大切な預かりものだ。ウォーターズがヒナみたいな子供に邪な感情を抱くとは思えないが、傷がついては困る。警戒は必要かもしれない。

「ダンはキッチンに行ったよ」ヒナは勝手に話しを元に戻すと、室内履きを投げ出し、脚を折り畳むようにしてソファに乗せた。長居する気らしい。

「片付けを手伝うのだろう?ダンはいつもそうしている」我ながら聞き分けのいいセリフだった。本当は手伝いなどさして必要もないのに、ダンにいちいち手伝わせるブルーノに、はらわたが煮えくり返っているというのに。

「スペンサーも手伝いをお願いしたら?」ヒナはそう言って、少しだけ身体を傾いだ。

「もしかして、ヒナは俺の味方なのか?」仲を取り持ってくれると非常に助かるのだが。

「違うけど」ヒナはあっさり言った。

「違うのか。残念だな」スペンサーは天を仰いだ。

「でも、頑張って」ヒナは無責任に言うと、すっかり横になって目を閉じた。

ひとの仕事場で昼寝とは、なんと図々しいことか。

だが、これがダンなら――そう思わずにはいられなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 191 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノはキッチンでダンを待っていた。

朝食の片付けはとっくに終わった。途中、親父が食器を下げにきて、ダンとヒナは無事朝食の席に着いたことを知らせてくれたが、ダンはこのまま顔を見せないのではと不安でたまらなかった。

ダンは意外にも癇癪持ちで、怒ると手が着けられないふしがある。先日も、何が気に障ったのか、半日ほど俺を避けていた。キッチンにヒナにお茶を出せと指示するメモなんぞ残して、あげくスペンサーと二人で出掛ける始末だ。

あんなこと、二度とさせるものか。

「おはようございます」やっとダンが現れた。「すみません、もう片付け済んじゃいましたよね?」

「今朝はずいぶんとのんびりだったんだな」

嫌味な言い方にならないように気を付けたが、自分で思うよりもきつい口調になってしまった。

ブルーノはダンが下げた食器を受け取ると、みっともない姿を隠すように、さっと背を向けた。残ったパンは棚に上げ、ゆで卵はカゴに戻した。

「すみません、ヒナを急かしたんですけど、今日はやけにぐずって」ダンは布巾を手に隣に立った。

「ぐずって?子供じゃあるまいし――」まあ、ヒナならあり得るか。

「雨でウォーターズさんに会えないからですよ」ダンはやれやれと溜息を吐いた。

「雨だと会えないのか?合羽でも着てくりゃいいだろうに」ブルーノもスペンサーと似たり寄ったりの考えだ。濡れずに来る方法などいくらでもある。

「まあ、雨だから来ないとは言っていないんですけどね。ヒナはそう思っているようで」

「じゃあ来るんじゃないのか?でも、あまり仲がいいのもどうかと思うぞ。昨日言いそびれたが、ウォーターズが変な考えを起こさないとも限らないから気を付けた方がいい」ブルーノは自分のことは棚に上げた。

「変な考えって?」ダンが怪訝そうに眉根を寄せた。

「ほら、世の中にはそういう――」なんて説明すればいいのやら。

「ありえません!」ダンは『変な考え』に思い至ったのか、断固として否定した。「ヒナはただ単純にウォーターズさんを気に入っているだけです」

「ヒナにその気がなくとも、向こうは分からないだろう?来るたびにあそこまで歓迎されたら、下心も湧きかねない」

「そうでしょうか?かわいい弟くらいにしか思っていませんよ、きっと」

「弟ねぇ……」そう思えなくもないが、ヒナと自分たちとでは何かが大きく違っている。変な話、ヒナはヒナでしかなく、誰かの弟になるようなタイプではない。

スペンサーはカップと皿を二組洗い終わると、まくっていた袖をおろし、テーブルに着いた。淹れておいたコーヒーを飲むため、マグをひとつ引き寄せる。

皿を拭き終わったダンも同じように席に着いた。「僕も頂いていいですか?少しだけでいいんですけど」コーヒーポットを見て言う。

「珍しいな」

「刺激が必要なんです」


刺激ならいくらでもくれてやるが、ダンが気に入るものがあるかどうか。

というわけで、ひとまずコーヒーを一緒に飲むことで我慢しておこう。

ブルーノはマグに『少し』とは程遠い量のコーヒーを注ぎ、ダンに差し出した。

刺激はたっぷりだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 192 [ヒナ田舎へ行く]

ダンは黒くて苦い液体を口に含み、偽りなしの苦笑いをブルーノに向けた。

僕はいま、窮地に立っている。なみなみと注がれた苦いコーヒーを飲み干さなければならないことに加え、ブルーノの懸念を払拭しなければならない。

旦那様とヒナときたら、あれだけ気を付けてって何度もお願いしたのに。ヒナは仕方がない。ああいう性格だし、ブルーノもヒナと一緒にお風呂に入った仲だから、必要以上に他人にべたべたしたとしても理解してくれるだろう。

問題は旦那様だ。

昨日のお出掛けでヒナはずっと眠っていたと聞かされて安心していたけど、それはとんだ間違いだった。いったい何をしたの?まさか!キスでもしたとか。

とにかく話題を変えよう。

旦那様とヒナの関係は僕たちの住む世界では常識でも、世間一般では違う。僕だって、仕えたのがヒナでなければ、一生理解出来なかっただろう。

「そういえば、ヒナの母親は亡くなっているんだな」

話題を変えたのはブルーノだった。何気ない口調だったが、秘密にしていたことを咎めるような含みが感じられた。

「ええ、そうです」ダンは警戒レベルをひとつ上げた。ブルーノはいったい誰からその話を聞いたのだろう。ヒナならうまく話を合わせる必要があるし、他の誰かなら、余計なことは言わないようにしなきゃいけない。

ブルーノは金色の睫毛を伏せ、マグの中に視線を落とした。「ヒナが事故に遭ったと言っていたが、もしかして――」

「一緒でした」ダンははっきりと告げた。

ブルーノがゆっくりと瞼をあげ、大きく目を見開いた。驚きか悲しみか、灰色の瞳は暗く翳っている。

「そうか……」

「ヒナは普段、両親の話はしません。話せば辛くなりますから」ダンは神妙に言った。

「そうだな。父親とも離れて暮らしているんだ、当然だろう。だからあんなにウォーターズに甘えるのか?父親とさして歳は変わらないんだろう?」

なんて絶妙な勘違いだろうか。ダンはこの好機に飛びついた。

「えっと、どうでしょうか?僕はヒナのお父さんには会ったことありませんし、ヒナもお父さんのことはあまり口にしません。だからいくつくらいの人かは……おじいちゃんの話はよく聞くんですけどね。ネコ好きの」

「デンザブロウだろう?話だけ聞いていると、うちのじいさまと重なって、妙に親近感が湧いた。頑固で仕事が出来て、孫に甘い」ブルーノは表情を崩し、ふふと笑った。

「ヒナがわがままになるはずです」ダンはやれやれと大袈裟に溜息を吐いた。「でも、僕としては、ウォーターズさんがヒナの面倒を見てくれて助かっています」

旦那様ごめんなさい。ヒナの父親役をお願いします。

ダンは心ばかりの詫びを唱え、ブルーノにつられるように笑みをこぼした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 193 [ヒナ田舎へ行く]

その日一日、ダンはブルーノと過ごすことが多かった。

ヒナの世話をしていれば、どうしてもそうなってしまう。

キッチンを行ったり来たり、午前中は居間で読書をするヒナ(どうやらスペンサーから新しい本を貰ったようだ。あとでお礼を言っておかなきゃ)におやつを運び、お昼がやってきて昼食。そして昼寝前後のおやつ、それから夕食、で、就寝前のココア。

それとは逆に、スペンサーとはほとんど顔を合わせなかった。それでも夕食後、時間を作って書斎へと出向いた。

声を掛けると、スペンサーは片手を軽くあげてちょっと待てと合図した。

ダンは机の前の椅子に浅く腰掛け、スペンサーが仕事を終えるのを待った。

なんだか落ち着かない気分。そわそわと指先を絡め質素な部屋を見回す。炉棚の上の馬だか牛だかのブロンズ像を一心に見つめた末に馬だと判断すると、視線を移し、カーテンの隙間の闇に目を凝らした。雨はまだ降っていて、おそらく明日も雨だろう。ヒナは不機嫌なままで、明日はもうベッドから出ようともしないかもしれない。

こうなったら旦那様に無理を言って、ラドフォード館を訪問してもらうしかない。となると、手紙を書いてノッティに託さなければ。明日はヒナのと合わせてお願いしよう。

いつしかダンの視線はスペンサーの手元で止まっていた。正確を期すなら、ペン先が動くさまをぼんやりと追っていた。ふと、スペンサーの指先がインクで黒ずんでいるのに気づいた。食事の時を除いて一日中姿を見なかったのは、書類仕事に追われていたせい?

カイルはスペンサーが好きで机に向かっていると思っているけど、本当にそうだろうか?伯爵に見放されているこの土地(スペンサーに任されているのは屋敷とその周辺だけかもしれないけど)のやりくりは、傍目にも大変そうに見える。

スペンサーは難しい顔で最後の一枚とおぼしき書類にサインをして、やっと顔を上げた。目が合うと、途端に笑顔になった。とても疲れた笑顔だったけれど、ダンをドキリとさせるには十分だった。

「さて、終わったぞ。まさか今夜も飲むつもりで来たんじゃないだろうな?」スペンサーは笑って伸びをした。

「あ、いいえ。ヒナに本をありがとうございました。それと頼んでいたものも」昨日スペンサーに頼んだものは、今日の午前のうちに部屋に届けられていた。

「この雨の中、届けてくれたノッティに感謝だな。それと、本はヒナにも頼まれていたんだ。キャリーのおすすめだ」スペンサーは立ち上がると首をぐるりと回した。机から離れキャビネットの前まで行くと、グラスをひとつ手にしてブランデーのボトルを選び取った。

今夜はワインではなく、もっときついものを飲むようだ。

「まさかヒナが読むとは思わないでしょうね。ああいうのは女性が読むものでしょう?」姉たちもああいう類の本を読んでいた。お気に入りの数冊を何度も何度も繰り返し。

「どうかな、男でも読むやつはいるだろう?現にヒナは読むわけだし」スペンサーは寛容だ。

「実は、あれで読み書きの勉強しているんですよ。勧めたのはアダムス先生らしいですけど」もっとも、勧めたのは冒険小説だったのかもしれないけど。

「さすがヒナの先生だけあるな」

アダムス先生には最高の褒め言葉だ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 194 [ヒナ田舎へ行く]

浮かれてはいけない。

ダンは礼を言いに来ただけだ。

スペンサーは自分を戒めた。

それでも口元が綻ぶのは止められなかった。

スペンサーはダンの隣に座って、ブランデーで気を落ち着けると、お前も飲むかとグラスを掲げて尋ねた。

ダンは首を振って断った。「今日は忙しかったようですね」

「ああ、ちょっと先にやっておきたい仕事があって。ほら、親父が来ただろう。あれで面倒が二、三増えたんだ」

事も無げに言ったが、増えた仕事は二、三どころではなかった。親父はあれをやれこれをやれと、次々と仕事を押し付けてきた。

「そうだったんですね。そう言われたら、今日はみんな忙しそうでした。雨なのに」ダンはくつろいだ様子で、脚を伸ばした。

「雨の日の方が忙しいんだ。ヒナは退屈そうだったが、本を熱心に読んでいたな」スペンサーはテーブルにグラスを置き、椅子の背に身体を預けた。

「読みかけの本は投げ出して、新しいのに手をつけていました。ストーリーが好みだったのでしょう」

「ダンは、興味ないのか?」自分でも質問の意図がわからず口にしていた。

「恋愛小説にですか?僕は本はあまり読みません。というより、苦手です」ダンは照れくさそうに言った。勉強の類はあまり好きではないのだろう。

ではダンは何に興味があり、何が好きなのだろう。そう考えているうちに、本当に知りたかった質問が口から飛び出していた。

「それなら、恋愛は?お屋敷は恋愛は御法度か?メイドと陰でいちゃついたりなんかするんだろう」

俺は何を言っているんだ!?

ダンは一瞬ぽかんとして、それから笑った。

「お屋敷のメイドに手を出したりしたら、すぐにクビになってしまいますよ。まぁ、うちにはメイドはいませんけどね」

「メイドがいない?」ジャスティン・バーンズはメイドも雇えないのか?裕福なくせに?

「ああ、いえ、そういう意味では。うちのお屋敷は男ばかりなんです。住んでいるのが男だけなので、女性の手は必要ないんです」

「それでも、洗濯やなんかはどうしてるんだ?」うちにアイダがやって来なかったらと思うと、想像しただけでぞっとする。

「ちょっとしたものなら、僕たちが洗濯します。だいたいは洗濯屋にお願いしていますけどね」

洗濯屋ね。やはりアイダのような者を雇っているというわけか。

「それも男なんだろうな。それじゃあ、出会いみたいなものは街へ遊びに出た時に、そういう場所で――」

「酒場とかっていう意味ですか?僕はあまり興味ないですね」ダンはあっさりと言い、切り返してきた。「スペンサーこそ、お休みの日はそういうところへ行くのでしょう?」

「以前はな」嘘を吐くことでもないので正直に答えた。ここの管理を任される前は、町へ繰り出すのもそう面倒なことでもなかった。家から近かったし、なにより自由だった。今はこの屋敷に縛られている。

ダンは足先をぷらぷらとさせながら、訳知り顔でニッと笑った。

スペンサーはそれを見て、ダンに妙な誤解を与えたことに気付いた。

確かにダンに訊ねたときは、そういう意味だった。女を引っかけに行くのかと訊いたのだ。だが今のは違う。

「言っておくが、酒を飲みに行っていただけだからな」念を押すように言う。俺は今も昔も酒場の女なんかに興味はない。

「わかってますって」と言ったダンは、ぜんぜんわかっちゃいない顔をしていた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 195 [ヒナ田舎へ行く]

寝間着に着替えたヒナは、ベッドにうつぶせて、就寝前の読書に耽っていた。

読んでいるのは新しいジャンル。

ミステリーだ。

いつも読んでいるものよりも読み易かったが、知らない単語が多く、最後まで読めても謎は解けないままになりそうだ。

「ヒナ、ココアを持ってきましたよ」

スペンサーに会いに行っていたダンが戻ってきた。

ヒナは本の間にリボンを挟み、寝返りを打って、ベッドの端まで転がった。見上げるとダンは両手で大きなトレイを抱えていて、トレイの上からはロンドンから持参したココア専用の大きなポットがヒナを見下ろしていた。

「カイルも飲みたいって」

「ちゃんと二人分ありますよ。カイルはここへ来ますか?それとも部屋まで持って行った方がいいですか?」

「着替えてヒューにおやすみの挨拶をしたら、ここに来るって」

「では、待っていましょう」ダンは火の入っていない暖炉の前のテーブルに銀のトレイを置くと、ヒナを監視するようにベッドサイドの椅子に腰かけた。口元をきゅっと引き結び、何か悩み事を抱えているような顔をしている。

「ねぇねぇ、ダン。スペンサーは元気だった?」ヒナは少女のように足をパタパタとさせた。

「元気でしたよ。晩餐の時に会ったでしょう?」ダンがじろりと睨む。

どうやらご機嫌ななめだ。

「だって、スペンサー疲れてたから」ヒナは唇を尖らせた。

「まぁ、疲れてはいましたけど、仕事ですからね。そうそう、本のお礼も言っておきましたからね」ダンは伸ばした脚を交差させた。

「ヒナもちゃんと言った。キャリーのおすすめなんだって。さつじんじけんが起こるの」ヒナは枕の上の本を指さした。

「殺人!最近の恋愛ものはなんだか物騒だなぁ。ああ、そうだ、ヒナがいつも読んでいる本に出てくる主人公は、酒場なんか行ったりする?」ダンはそわそわした様子で訊ねた。

ふふっ。ヒナの得意なジャンルだ。

「行ったりする。“ほうとうもの”だから。でもクラブの方がもっと行くよ」

「その放蕩者は女性に声を掛けたりする?」

「うーん。ジョッキを運んでくるおねえさんの方が誘ったりするけど――」こぼれそうな大きな胸のおねえさんが。

「やっぱり!酒場ってそういうところだよね」ダンは決めつけ、ぷりぷりと怒った。

「でも――」断るんだけど、な。本の中の“ほうとうもの”は。

もしかして、ダンはスペンサーの事を言っているの?

だからご機嫌ななめなの?

ということは、矢印はスペンサーに向いたって事?

ヒナはどっちを応援したらいいの?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 196 [ヒナ田舎へ行く]

予想通り、翌日も雨だった。

おとなしく読書をするヒナの傍らで、カイルは退屈そうに脚をぷらりと揺すり、大きなあくびをひとつした。

昨日はヒナと遅くまでお喋りをしていたので寝不足だ。

ヒナも時折あくびをしているので同じように眠たいはずなのに、かれこれ一時間はじっと本を読んでいる。朝一番でノッティがお隣さんからの手紙を届けてくれた。昨日の返事だ。ヒナはウォーターさんの手紙を穴が開くほど繰り返し読むと、ズボンのポケットにくしゃりと押し込み、なんて返事をよこしたのかは教えてくれなかった。

ウェインさんからの返事は、雨が上がったら一緒にお出掛けしようねというものだった。

ヒナに言ったら羨ましがると思って言っていない。けど、ヒナはウォーターさんとお出掛け済みだ。ブルーノが一緒だったし、ヒナは寝ちゃってたかもしれないけど。

僕だってウェインさんとお出掛けしたい。早く雨止まないかな。

「ねぇ、カイル。あへんくつって何?」ヒナが目をしょぼしょぼさせながら本から顔を上げた。

ヒナはいま探偵小説を読んでいる。

一時間前はスコットランドヤードって何って訊いてきた。

あへんくつは僕も分からない。アヘンチンキの仲間だと思うけど、誰か他の人に聞いた方がいいと思う。

「わかんない」そう答えると、ヒナは本を閉じて脇に置いた。

「のど乾いたね」

「そうだね。レモネード作ってこようか?」

「ううん。そろそろダンがおやつを持って来てくれるはず」

まさにそう言った瞬間、ダンがおやつの乗ったトレイを手に居間にやって来た。

カイルは感心するやら驚くやら、ダンを手伝おうと席を立った。

「あ、座ってていいですよ」ダンはカイルを制すると、てきぱきと二人の前にレモネードと焼き菓子を並べて、自分は向かい側に座った。「僕もご一緒させてください」

「もちろん」カイルは気前よく言い、ヒナを見た。

ヒナは半分目を閉じた状態で、早速グラスに手を伸ばしていた。喉を潤し、グラスを戻すと、どんぐりみたいな形をした焼き菓子を取って口に入れた。

「ねぇ、ダン。あへんくつって知ってる?」ヒナは口を空にすると言った。

「阿片窟?どこでそんな言葉を?」ダンは吐き気をもよおしたような顔で、鋭く訊き返した。

「ヒナがいま読んでいる本。探偵小説なんだってさ」カイルは答えた。

「いま、せんにゅうそうさ中」とヒナ。

「潜入?僕はてっきりいつもの恋愛ものかと思っていました。だから事件が……いくらおすすめだからって……あとで、スペンサーに言わなきゃ」ダンはぶつくさとぼやいた。

「あ、そうだ。ヒナもスペンサーに話があったんだ」ヒナはいまにも寝入りそうな様子で、もごもごと言った。

眠たいけど喋りたいときってあるよね、とカイルは思いつつ貝殻の形の焼き菓子を選んで取った。

で、結局あへんくつってなんだろう?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 197 [ヒナ田舎へ行く]

「お!レモネードか。俺にも頼む」

スペンサーが居間に合流したとき、ヒナはコテンと眠りに落ちていた。おやつを前にして珍しいこともあるものだ。

「シーッ!」カイルは人指し指を唇に当てた。ヒナに寄り掛かられていて身動きが取れなくなっている。

スペンサーは迷わずダンの横に座って、グラスを取った。ダンが阿吽の呼吸でレモネードを注ぐ。流れるような動きが心地いい。

「ヒナはどうした?寝不足か?」

「スペンサーが変な本を選んだせいですよ。ヒナの口から殺人事件とか阿片窟とか、旦那様に合わせる顔がありませんよ」ダンが非難の言葉を口にする。

スペンサーはまったく意に介さなかった。「そりゃ物騒だな。だが選んだのはキャリーで俺じゃないぞ」

「もうっ。なんて無責任な」

「ベストセラーだって話だぞ。それに言わせてもらえば、ヒナがいつも読んでいる本もどうかと思うぞ。いきなりキスして処女を奪うんだからな」

「スペンサーッ!!」ダンは真っ赤な顔で叫んだ。

いきなりキスをすることはあっても、いきなり処女を奪ったりはしない。そんなことをしたらロマンスも何もあったもんじゃないからだ。

それはスペンサーも知っている。が、ダンをからかうのが好きなのだから仕方がない。

「ヒナはいつもそんなの読んでいるの?」カイルは赤面しつつも小声で訊ねた。

「乙女が放蕩者にめろめろになるのが好きなんだと」眠っているヒナの代わりにスペンサーが答える。

「違うよ」ヒナが起きた。ダンが叫んだせいだ。

「違う?」スペンサーは『おや?』という顏をした。

「ほうとうものが乙女にめろめろになるんだから」ヒナは、ほわぁとあくびをした。

「そうか、そうか」実のところどっちでもいい。

「今度僕にも貸してくれる?」カイルがおずおずと訊ねる。本を読むのは苦手としているが、好奇心が勝ったようだ。

「じゃあ、あとで部屋に来る?」ヒナは小首を傾げ、カイルを上目遣いで見つめた。乙女の仕草だ。

カイルはどぎまぎしながら「うん。そうする」と返事をした。

案外めろめろになるのは容易いなと、スペンサーは二人を見て思った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 198 [ヒナ田舎へ行く]

警戒を怠るべきではなかった。

よその屋敷に多少素性を偽って滞在している身としては、日向でまどろむ猫のように気を緩めるべきではなかったのだ。

だが、いまさら悔やんでも仕方がない。

「スペンサーは酒場のおねえさんに誘われたの?」

ヒナの突然の発言に、一同、まるまる一分は沈黙した。

ダンは喉がからからに干上がるのを感じた。額のかさぶたがちくちく疼く。痛いほどの視線が頬に突き刺さっている。スペンサーの軽蔑するような視線が。

でも、言い訳をさせて。

ヒナには酒場の話を聞いただけ。スペンサーとかおねえさんとか、そんな言葉ひと言だって口にしていない。

沈黙を破ったのはスペンサー。「どこからそんな話が出たのかは知らないが」たっぷりと間を空ける。「酒場には行っていないし、おねえさんとやらにも誘われていない」

「そうだよ。スペンサーは酒場になんか行かないよ。<大鷲と鍵亭>にもずっと行っていないんだから」カイルが説明する。

「ヒナ、<大鷲と鍵亭>に行ったことあるよ。おねえさんいた」

ヒナの言う“おねえさん”とは、あの蜂蜜水を給仕した若くてぴちぴちの女給の事だろう。

「来るときに寄ったのか?」スペンサーは今度こそしっかりとダンを見て訊ねた。ダンがこちらを見返して返事をするまでは一秒たりとも目を逸らさないとばかりに。

ダンはごくりと唾を飲み、ゆっくりとスペンサーを見た。思ったよりも気分を害してはいないようだ。どちらかといえば、こっちの方がもやもやとしたすっきりしない気分。スペンサーはカイルの言い分では酒場にはずっと足を運んでいないようだけど、ずっとよりも前はそこそこ通っていたのだろう。<大鷲と鍵亭>の胸の大きな女給目当てで。そう思うと、もやもやというよりもイライラとした。

「ええ、来るときに。長旅で疲れていましたし、お腹も空いていましたので」ダンはイライラを抑え、そつなく答えた。馬車を換えて、旦那様と別れのひとときを過ごしていたのは秘密だ。これは宿屋の主人にも口止め済みだ。

「おじさんが甘いパンをくれた」そこでヒナは、思い出したようにおやつに手を伸ばした。

「へぇ、あそこで甘いパンね。いまはそんなものを置いているのか」スペンサーは最近の<大鷲と鍵亭>の事などさっぱり知らないという口調で言った。

「ふかふかしてた」ヒナは口をもごもごさせながら付け加えた。

「ふーん。まぁいいけど。俺はそろそろ仕事に戻るが、ダン、時間が空いたら書斎に来てくれ」スペンサーは有無を言わせぬ口調で言い残すと、焼き菓子を片手で鷲掴みにし、すたすたと居間から出て行った。

「なんの用でしょうね?」ダンは白々しく言うと、ヒナをひと睨みした。

ヒナは素知らぬ様子で、レモネードのおかわりをダンに要求した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 199 [ヒナ田舎へ行く]

やっぱり、勘違いしていやがった。

だからあれほど念を押したのに、何が”おねえさん”だ。

俺が<大鷲と鍵亭>のあんなヒヨコの誘いに乗ったりするわけがないだろうに。

ある意味ではひどく侮辱的で、自分でも予測していなかったほどの屈辱だった。

スペンサーは手の中の焼き菓子を握り潰した。ヒナが悲鳴を上げそうだ。

書斎に逃げ込んだスペンサーは、そこにヒューバートがいるのを見てギクッとした。後ろめたいことなど何もない。親父は涼やかな顔で、昨日仕上げたばかりの書類に目を通しているだけ。酒場の話もダンの勘違いも関係ない。

「お父さん。おはようございます」

「うむ」ヒューバートが顔を上げた。「今朝はみんな揃っていたな」

朝食のことだ。ヒューバートはいつも通り不参加だ。

「お隣から手紙の返事が来てご機嫌だったのでしょう」スペンサーはどうでもいいとばかりに答えると、ポケットからハンカチを取り出し潰れた菓子をくるんだ。

「今後、時間は守るようにカナデ様に言っておきなさい。ここには遊びに来ているわけではないのだから」

「急に厳しいことを言うんですね」

「すでにいくつか規則を破っている。これ以上命令に背くわけにはいかんだろう?」

その、いくつか破った規則があるからこそ、ダンはここに居るのだ。『ヒナの世話は僕にしか出来ません』と豪語した通り、まさにヒナの世話はダンにしか務まらない。いまダンに去られたら、それこそ命令に背くどころではなくなるだろう。

ったく。ヒナときたら、言うことは聞きゃあしないし、プライベートにはずかずか踏み込んでくるし、ブルーノの味方をすると言うし(いまはどちらの味方でもなく、ダンの味方らしいが)、ウォーターズとはやけに親密だ。

それでもスペンサーはヒナをかばった。「どうせわかりゃしないのに、ヒナだって朝寝坊したい日はありますよ」わがままだが、手のかかる弟が増えたと思えば、あれはあれでかわいいものだ。

「雨だからと、予定を先延ばしにするのもよくない」ヒューバートはスペンサーの言い分を受け流した。「屋敷の案内は済んだのか?」

「いいえ。昨日そうする予定でしたが、ヒナが――」ぐずぐずとやる気がなさそうだったので、先延ばしに。

「伯爵がいつ何を言ってくるかわからん。すべきことは予定通りに進めなさい」ヒューバートはそう言うと、書類を一番上の引き出しに仕舞い席を立った。

「そうします」スペンサーは答え、ヒューバートが部屋から出て行くのを見送った。

やれやれ。これで午後はヒナのお守をしなきゃならなくなった。

ダンを連れて、三人で邸内を散策するか。

隙をついて、暗がりにダンを引き込めたら儲けものだ。

つづく


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